これも認知症なんだ<That's Ninchi Show 2>

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認知症の「ありのまま」を受け入れられない。。

「ありのままを受け入れる」ことから介護は始まる。

認知症の人の「ありのまま」というのは大変受け入れがたいもので、特に家族には難しい注文だと思う。

「壊れてしまった」というか、「別人になった」というか、「別人どころか人間とは思えない、宇宙人」というか、

一言では言い表せないような変貌で、「変わり果てた姿」であり、「信じられないような異常な行動」を見せられる。

こんなになった姿は見たくないというのが、家族の率直な気持ちだが、多くの場合で家族しか世話をする人はいない。

見たくないのに、いつもいつも側で見守らねばならない。
この相反する気持ち(心の葛藤)がいつもつきまとう。

身内が認知症になった人はわかってくれると思うが、ケアマネージャーさんなど介護職の人にはあまり理解してもらえない。

介護職の多くの人は若くてそういう立場ではないからだと思う。

「家族がたまにしか施設に面会に来ない」場合、施設の人々には「何と冷たい家族だろう」と思われているかもしれない。

または「発症前からずっと親子の仲が悪かったんだ」とも。

しかし、冷たいのではなく逆に情が深い場合もあり、とても仲のいい親子だった場合もある。

それゆえに「会いたくない」わけで、「今の姿を受け入れることができない」というのが理由だと思う。

それは「心が狭い」とか「冷淡」とかではないだろう。

同じような状態の人でも他人だったら、友人や知人の親だったらたぶん平気で会いにいけるし、笑顔だってできるだろう。

数年前に他界した母は最後の一年ほど施設に入所していたのだが、長兄は一度も面会に来てくれなかった。葬式の日まで。

次兄は「今行かないと、もうすぐ話をすることもできなくなる」と言って説得してやっと一度だけ面会に行ってくれた。

最後まで「ありのままを受け入れること」ができなかったのだろう。

これが兄弟が何人もいても介護に協力してくれない理由の一つだと思うが、自分だって似たような気持ちだから非難はできない。

認知症の親の「ありのまま」は見たくない。会いたくないし、話もしたくないし、できれば無関係でいたい。

だが認知症の人は一人では生きていけない。

一人にしておくと心配だから、どんなに嫌であっても見に行かねばならないし、行かなかったら不安でいたたまれない。

そういう心の葛藤が常にある。


「いずれ家族は心の葛藤を克服し現実を受容する」と言われているが、みんながみんな克服できるというものではないだろう。

どうすれば克服できるのか、それを教えてもらいたいと思う。





<That's Ninchi Show 2 No.1216>