認知症、「本人のため」を思うなら家族は。。
本人のためを思うなら、「家族第一」のように思う。
認知症の介護は家族にとって短期間でも大きなストレスとなる。
五年十年と長期間継続することは大変難しい。
だが、これまた多くの場合で「本人のためにいい」という方法は「家族のためにならない」方法となっている。
たとえば、本人が「施設は嫌だ」とか「ヘルパーさんなど他人が家に来るのは嫌だ」と主張しているとする。
「認知症の人は環境の変化に弱い」という点からすれば、本人の言うように自宅での介護、家族による介護が望ましい。
家族の犠牲を無視すれば、これこそ本人のために一番いい方法だ。
「住み慣れた自宅で家族と一緒に最後まで」という自宅介護と、「知らない人々と一緒に知らない所で」という施設介護と、
どちらがいいかと問われたら誰でも「自宅が一番」と言うだろう。
しかし、本人ではなく家族のほうに視点を置くと全く違ってくる。
本人の利益は介護する側の家族の利益とは一致しないことが多い。
「本人第一」となると、家族に大きな負担をかけ続け、犠牲的な介護の果てに心身を壊し、介護の継続ができなくなることもある。
介護する側、家族第一で考えるほうがいいと思う。
認知症の人は普通ではない。普通ではない人は社会から疎外され、排除される。能力的に一人では生きていけないのにかかわらず。
発症すると友人や知人が離れていくので、認知症の本人の周囲には家族しか残らない。家族だけが支えだ。
その家族が介護ストレスで壊れてしまったら、本人はどうなる?
介護する側の家族を第一として、介護計画を考えるべきだと思う。
「本人のため」を優先して家族の犠牲を軽視するのではなく。
家族が笑顔で介護できたら、本人も笑顔でいられるはずだ。
家族に心の余裕が生まれたら、介護の質も高くなり、本人の症状悪化が抑制され、安心して暮らせるだろう。
「家族第一」こそが長期的には「本人のため」だと思う。
<That's Ninchi Show 2 No.1193>