いつでもできる手術でも認知症だと。。。
白内障の手術は日帰りだそうだ。
片目づつ手術するので、片方の目が使えるから手術後も自分の足で歩いて家に帰れる。特に入院する必要はない。
カタリン(ピレノキシン)という薬だが、これで治るわけではなく白内障の進行を遅らせるだけのものらしい。
認知症と同じで、老化とともに進行するので治療はできない。解決策はレンズ交換、濁った水晶体を「新品」と交換することだけ。
「いつかは手術」なのだが、局所麻酔で日帰りという簡単な手術なら「いつでもできる」ので、「まだいいか」と思っていたようだ。
こうして、手術しないままに認知症を発症してしまった。
認知症を発症すると、病院での治療・精密検査・リハビリ等は難しくなるので、病院には救急時の処置と手術しか期待できなくなる。
胃ろうで寝たきりでは、外出することも、外食の楽しみもなく、スタッフと話をする以外はずっとテレビを見ている毎日だ。
認知症が進行してスタッフとの会話は少なくなった。耳も遠くなった今では、脳を刺激するものとしては「視覚情報」だけかもしれない。
「きれいな映像を見る」ことだけが楽しみだとしたら、老い先短いとしても、84歳でも「生活の質」を考えると、手術すべきだろう。
老い先短いからこそ、一日一日の生活の質が大事になる。貴重な一日だから、きれいなものがきれいに見えるか、見えないかは大きい。
白内障の人の見る世界は黄色がかっているらしい。白くかすみがかかっただけではなく、見えない色まであったら、まるで別世界だ。
桜の花が咲いても、桜色ではなく、朝顔が咲いても、涼しげな青や紫には見えないとしたら、花を見ても楽しくはない。
日帰りの簡単な手術で「きれいな世界」に戻れるなら、ためらうことはないだろう。認知症でなければ、だが。
局所麻酔なら意識があるので、認知症が進んでいたら「自分が手術中」ということを忘れて帰ろうとすることも考えられる。
それならと全身麻酔での手術になると、リスクが大きい。
命にかかわるわけではないのに、そこまでのリスクは見合わない。
また、手術したとして、その後も問題だ。
認知症だと、「手術した患部を触らないように」と言っても聞かない。
触らないように鍵のついた「拘束ミトン」をはめることになる。
本人の気持ちを思うとそれはできない。わけもわからず「手の自由を奪われてしまったら」どんなに不安なことか。
発症した頃は「MRI」の検査を普通に受けていた。「息をとめて」とか「じっとしていて」という指示を守って検査できていた。
遅くともこの時、この時なら手術可能だっただろう。今さらそれがわかってもどうしようもない。
<That's Ninchi Show 2 No.1022>