これも認知症なんだ<That's Ninchi Show 2>

FC2ブログに引っ越しました。週一回か二回は更新しています。

認知症の人の言うことを否定しない、そのわけは。。。。。

認知症の人の言うことを否定しない」というのは常識だ。

常識と言っても、「認知症の介護」に携わる認知症家族や介護関係の職業の人など限られた範囲の中だけだ。一般常識ではない。

地域で認知症の人を支えるという活動(認知症サポーターの養成など)があるが、そこで対応の心得として教わるのは”三つの「ない」”だそうだ。

「驚かせない、いそがせない、自尊心を傷つけない」の三つ。

「否定しない」がないのが不思議だが、サポーターの人は徘徊時などの緊急対応を期待されていて、毎日接しているわけではないからだろうか。

家族の毎日の対応としては「否定しない」は最重要ポイントになる。ついうっかりして否定してしまったら、想像もしないような大変な事態にもなる。

まちがっているから正しい情報を教えてあげただけで「親子げんか」になることもある。どうしてそんなことで泣いたり怒ったりするのかわからない。

うちのおばあちゃんの例ではキャッシュカードの暗証番号だ。おばあちゃんは「口座番号の上四桁」だと思い込んでいて、お金をおろせなくなった。

何回も暗証番号をまちがったので、銀行がそのキャッシュカードを使用不能にしてしまったからだ。本人は「機械が壊れている」の一点張り。

自分がまちがったとは全然思っていない。絶大な自信だ。

「口座番号は通帳にも書いてあるから誰でもわかる。そんな危険な番号を暗証番号にするはずがない」と言っても、全く聞く耳を持たない。

「銀行が悪い」とばかりに、怒りにまかせてどなりこんで行きそうな勢いだ。

ゆっくり丁寧に説明しても、何回も繰り返しても同じ。本人は「一つの考え」に固執し続け、何の進展もない。時間を使い、ただ疲れるだけだった。

本人はというと、どなる、わめく、最後には泣き出す始末で、たかがキャッシュカードのことでこれほどの騒ぎになるとは、家族みんな驚くばかり。

「家族に否定される」ということが本人には格別に大きいのかもしれない。

もっと些細なこと、たとえば本人が「靴下はいつも一番上の引き出しに入れてある」と言うのを否定してもいけないようだ。それでも怒りだしたから。

「それは以前のこと、先月から二番目になっている」と言ってしまってから、「これはまずい」と気がついたのだが、後の祭り。

「物の置き場所を変える」とか「家具の配置を変更する」とかも、認知症の人のいる家庭では避けるべきことだった。それも知らなかったから。

認知症の人はいつも不安でいっぱいだ。わからないこと、できないことばかりで家族の助言がなかったら何一つ(まともには)できない。

家族だけが頼り、その頼るべき人に自分の言うことを否定されると、「自分の側についていない、みかたではない」と思ってしまうのだろうか。

家族としては「否定しない」を心がけ、信頼感を失うことのないように努めるのがいいのだろう。といってもそれは理想、現実はなかなか。

脳の壊れた人を相手に、上手に対応できる人がどれだけいるだろう。