認知症が進むとどうなるか。。。。。
認知症が進むとどうなるか、誰でも気になる点だ。
何日か前の新聞で見たのだが、犬と一歳児には共通するものがある。
「犬は特別運動能力の高い一歳児と考えたらいい。一歳児と同様に時間の感覚がないから、いつまででもご主人を待っている」そうだ。
「時間がなくなった世界」にいるのは認知症の人も同じだ。
過去の記憶を思い出せず、未来のことも考えられず、「現在」しかない。
「少し待って」が禁句なのはそのせいだ。
かなり早い段階で時間感覚が消える。
うちのおばあちゃんは発病後二年以内だ。その証拠に、二時間も(来ない)ヘルパーさんを待ち続けて昼食を食べそこなったことがある。
老人マンションに入居してすぐのこと。自室から一階の食堂まで一人で行けない(自信がない)と言うので、毎回ヘルパーさんに連れて行ってもらっていた。
その日はヘルパーさんがそれをすっかり忘れていて迎えに来てくれなかった。
時間経過がわからないのか、本人は電話で催促することもなく、お腹をすかせながらもただ待っていた。
二時過ぎに家族が訪れた時も、本人は部屋の鍵とバッグを準備してヘルパーさんを待っていた。
まさに忠犬ハチ公、そのもの。迷惑電話はできても、必要な連絡はできない。
それなら、「認知症が進むと、犬猫なみ、または赤ちゃんのようになる」と思うかもしれない。
だが、レベルは全然違う。犬も猫も赤ちゃんも脳は壊れていないから。
犬も猫も「自分の生存をおびやかすような不利なこと」はしない。が、認知症の人は違う。犬と同じではなく、それ以下。犬は犬でも狂犬、それに近い。
犬なら餌をくれる人にかみつくと、もう餌がもらえず餓死する。
だが、認知症の人が世話をする人を攻撃しても、食事をさせないということはできない。そこが違う。
それどころか、「歩く」こと、「食べる」こと、そんな基本的な動作がわからなくなる時も来る。
それが欠けると自然界では到底生き残れない。人間社会だからこそだ。
右足を出して、次に左足を出す。そんなことがわからない。右足を出し、また右足を出してよろける。ふざけてるんじゃない、本気だ。信じられないことだろう。
口に食べ物を入れて、次に何をするのかわからず、呆然とする。次に「かむ」、そして「のみこむ」、その手順がわからない。そんなこと想像がつくだろうか。
最終的には嚥下(のみこむこと)の方法がわからなくなり、「胃ろう」をつけない限り餓死することになる。
または、誤嚥で肺炎になるか、窒息死するか、という結末だ。
他の条件が同じなら嚥下力が寿命を決める、そう言ってもいいだろう。
認知症が進むとどうなるかだが、個人差があるので時期は個人個人異なるが「胃ろうで寝たきり」が最終段階だと思う。