認知症の妄想を消すには
妄想モンスターから守ってあげることはできなかった。
うちのおばあちゃんが「殺人系」妄想で苦しんでいた時、家族は皆びっくりするだけでどう対応したらいいのかわからず、結果的にそのまま放置してしまった。
殺人モンスターは変幻自在で、親戚の人に変身して近づいて来たり、オバマ大統領に変身してマンションの食堂で待ちぶせしていたりする、そんなことを言っていた。
窓やドアを閉め切って隠れていても、エアコンの噴出し口からモンスターは侵入するらしい。だから、どんなに暑くても絶対にエアコンを稼動させてはいけないと言う。
ヘルパーさんがエアコンを付けてくれてもすぐ消してしまって、初夏だというのに羽毛布団を頭からかぶって隠れているから、汗だくだくだ。いくら老人でも。
リモコンをとりあげてエアコンを稼動させ、「こんな小さな所から誰も入っては来ない、冷風が出てくるだけ」と言って安心させたつもりだった。
いくら「そんなことあり得ない、何の心配もない」と言っても、おばあちゃんは納得などしなかった。今から考えれば、これは誤った対応だった。否定してしまったから。
「おばあちゃんが見たこと」を否定するのではなく、否定しないで安心させる、それが最適な対応だろう。演技力と想像力と、柔軟な適応力とが必要とされる。
「誰も侵入できないようにするから、だいじょうぶ」と言えばよかったのだろう。
「食堂の人に頼んで守ってもらえるようにするから、だいじょうぶ」と言えばよかった。
おばあちゃんは確かにオバマさんを見たのだろう。食堂には超大型のデジタルハイビジョンテレビがあって、食事中はちょうどニュースの時間だから。
ありありと見えたのは訳がある。大型のハイビジョンでくっきり実物大に見えただろうから。おばあちゃんはマンションに入居するまでハイビジョンなど見たことがない。
小型アナログテレビのぼんやりした画像しか見たことがないから、おばあちゃんにとってテレビの画像とはそれだ。ハイビジョン映像は「まさに本人」と見えたのだろう。
家族が誰も信じてくれず、誰一人頼りにならない、と当時のおばあちゃんは思っただろう。その気持ちを考えるとかわいそうなことをしたと思う。知識がないばかりに。
認知症の人の立場で、その気持ちを想像してみて、どう対応すれば一番いいかを常に考えるようにすればいい。周囲の人の対応しだいで、症状が軽くも重くもなる。
妄想や幻覚は本人にとっては事実、ほんとうにあったことだ。その気持ちを考えて、そのことは否定しない。否定しないで、安心させる。
不安が大きくなればなるほど妄想も拡大する。妄想を消すには、安心感。
安心させることだ。