これも認知症なんだ<That's Ninchi Show 2>

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認知症の介護は楽しい?

旅行などで「非日常」を楽しむとストレスが消える。
 
しかし認知症家族には旅行は大変難しい。認知症の老人を一人にしてはおけない。もし、誰かに頼めるとして(ショートステイなどで)も、旅先でも気になって楽しめない。
 
これでは「介護が終わる」その日まで、延々とストレス解消などできないのでは。
 
だが、「非日常」の意味をよく考えてみると、認知症の人こそが「非日常」だ。
しゃべることも行動も「日常にはない」ことだらけ、普通ではないし、おかしいし、異常だ。
 
認知症の異次元世界、まさにワンダーランド。「非日常」が満載。
 
ということは、認知症世界は楽しめるし、これを楽しんでいる人はストレスもなく、「認知症の介護は楽しい」と胸をはって言えるのかもしれない。
 
「介護が楽しい」というフレーズ、よく聞くし、よく見かける。有名人の介護体験記やインタビューなどで。
ホンネだとは信じられないし、楽しいわけがないと思う。
 
「非日常」といっても時間的なものを考えたら違うのでは。「たまに」と「毎日」と。
 
「たまに」旅行に行くから、「非日常」となって、楽しい。同じ所に毎日行っていたら「日常」になってしまう。見るものすべて見慣れた景色で楽しくない。
 
認知症老人の介護は内容からして「非日常」であっても、毎日が「非日常」の中にあったら、「非日常」も日常になってしまう。楽しくないし、おもしろくない。
 
しかし、認知症老人は落ち着くとか、安定した状態というのが短い。ころころ状態が変わり、まるで別人のようにもなる。おもしろいと言えばおもしろい、研究者には。
 
毎日毎時、脳細胞のアポトーシス(自滅)が起きているから、その時その時で「別のタイプの脳」を持ち、次々と違う異常行動(BPSD)が出てくる。
 
その一つ一つを「いよいよ徘徊と来たか。さあ、鍵をかけなきゃ。これでどうだ。出れないだろう(達成感)」と楽しんでいれば、「介護が楽しい」となる。
 
それをどうとらえるか、見方や心の持ち方、考え方による。それによって、同じことを体験しても苦にならない。苦労だとは思わず、障害物競走だと思ってラクに超える。
 
そうは言ってもそんな心の余裕もなく、肝のすわった人間でもないから、無理。
理想は理想、現実は現実。
 
自由に歩くことができるから徘徊もできる。それらで悩んでいた時は「寝たきりのほうがマシ」だと思うこともある。よけいなことだってできないから。
 
一つ一つできることが減っていくのが認知症だ。動き回って困っていても、じきに動けなくなる。介護がラクかと言えば、ラクな部分もあるが心理的にはそうでもない。
 
しゃべりもせず、動かなくなったら植物とかわらない。
「寝たきり」は見るのもつらい。どの段階でもラクにはならないということだ。