これも認知症なんだ<That's Ninchi Show 2>

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これが認知症なんだ (297) 最期の日々

<That's Ninchi Show  No.297 >
 
もう長くない人が隣にいても、施設の朝はいつもと変わらずにぎやかだ。
 
いつものように、大きな声で騒ぎまくる老人や、歌い出したらとまらない老人がいて、おばあちゃんのベッドの側にも、常にいろんな音が来る。その中で、おばあちゃんはずっと眠っている。何か聞こえているのかどうかはわからない。
 
こんなにうるさくては眠ってはいられない、普通なら。だが、この時はもう意識レベルが昏睡状態までになっているのだろう。耳元で大声で呼んでも、ほっぺを軽くたたいても、何の反応もない。ただ、いびきをかいて眠っている。
 
一ヶ月も絶食で、点滴の水分補給だけで生きているから、やせ細っている。普通、いびきをかくのは太っていて気道が圧迫されるからだが、痰が切れずに気道がふさがってきているのかもしれない。痰を吸引する機械は横にあり、適時吸引してくれているはずだ。それがないと、窒息死の心配がある。
 
おじいちゃんの最期もそうだった。それまで静かだったのに。突然大きないびきをかくようになり、数時間後に逝った。明け方だった。前日の夕方に、意識レベルが低下してきて、なじみの看護師さんが「帰るけど、あさっての朝また来るから」と声をかけてくれても、返事ができず、うなづいているだけだった。
 
おばあちゃんは、目も開けようともしないから、それよりずっと意識レベルは低い。それでも持ちこたえているのは何のためなんだろう。誰ももう見舞いに来てくれないし、来ても眠っている顔を見るだけだ。全然苦しそうではない。普通に寝てる。
 
一晩、施設に泊りこんで付き添いをしたが、ただ眠っているだけの横顔を見ていて何の意味があるのだろう。「意識のあるうちに」と言われてあわてて会いに来たときとは違う。あの時でも、たいして会話はできなかったが、目はこっちを見ており、自分の言いたいことを言い続けていた。
 
呼吸状態は前夜(危篤と言われた)より、なぜかよくなっている。しばらくもちそうなので、おばあちゃんの家を片付けに帰ることにした。昼間は逝くことはないだろう、早朝や夜間が多いと聞いているから。また夕方に戻ればいい。
 
持ち帰る荷物を準備していると、夜勤の若い看護師さんがおばあちゃんにお別れを言いに来てくれた。「また明日の夕方には来ますからね」と耳元で大声で。本人はまったく反応はないが、看護師さんは「案外、聞こえてるかも」と言う。
 
もう十時になる。前日の四時ごろから、眠らずに働いて十八時間。「一時間ほど残業してたから、何か離れがたくて」と言っていた。おばあちゃんとはいろんな話をしたそうだ。おばあちゃんのお気に入りの看護師さんだったようだ。
 
おばあちゃんはもうあと一日生きれるかどうかの状態だと、看護師さんたちは経験上わかっていたように思える。詳しく聞こうにも、この日は土曜日で施設の担当医はお休み。呼吸が止まってから死亡確認に来る予定なのだろう。
 
最期の良し悪しは、医師の力はあまり関係ない。医療で老衰はとめられないし、百人以上も担当していて、ひとりひとりのことを詳しくはわかっていない。医師は、いてもいなくても同じだ。毎日見ている介護、看護のスタッフの力だろう。
 
施設を出るときに、年配の看護師さんが、「連絡はどうします?この状態だと、心臓が止まる前に呼吸が止まるから、止まったら連絡ということでいいですか」と聞かれた。今まで何回も危篤があったが、今回はほんとうの危篤のようだ。
 
何回も危篤があって、生き延びてきた。慣れというのは困ったもので、ほんとうの危篤でも、まだ先があるような気もしている。
                                     (2012年9月)