これが認知症なんだ (131) 認知症かな?
<That's Ninchi Show No.131 >
何でも疑う、情報は多方面から取り、鵜呑みにしないこと。
認知症はわからない。医者だってわかっていないようだ。特に専門領域から離れると、医者はまったく頼りにならない。
総合医を育てると言っているが、長年、専門医教育ばかりしてきて、今さら「臓器を診ないで、全体を診る」、そんな教育のできる人が残っているかどうか。
ただ、同じ一枚の脳の画像を見ても、医師によって見解が違うことがある。うちのおばあちゃんの時がそうだ。一人は「海馬が小さくなっている、典型的な認知症」と言い、一人は「加齢によるもの、認知症かどうか断言できない」と言う。
初期の場合は診断が難しい。一人の医師の診断を鵜呑みにしないことだ。
「予兆」はある。近所迷惑な異常行動が出る前に、これはおかしいと思うことが。それを「年のせいだろう」と軽く見過ごすと、大変な思いをすることになる。
「この言葉(行動)はおばあちゃんらしくない」と思ったら、認知症を疑うほうがいい。長年の「こだわり」がなくなっていたら、特に。
「この人は絶対」というこだわりが何かはある。その人なりのこだわりがそれぞれ。
おじいちゃんの命日には、毎年家族でお寺に参る。その何ヶ月も前から、家族にうるさく念を押す。この日は予定を入れないようにと。そんな人が、命日のことをまったく言わなくなり、当日になっても気がつかない。それはおかしい。これが認知症だ。
「認知症かな?」と思ったとき、見過ごさずに行動する。家族が適切に行動すれば本人のためにもいい。本人の脳の世界と、家族の世界とは別だと認識して対応する。
そうすれば「家族が皆、ウソばかり言う」というような、悲しい思いをさせないですむし、疲れるだけの無駄な争いもなくなる。