これが認知症なんだ (11) 電話 その4
<That's Ninchi Show No.11 >
マンションの非常ベルは日常ふつうに鳴る。
老人マンションの各部屋には、ベッドわきの壁、トイレ、浴室と計三ヶ所に、大きな、
緊急ブザーが設置されている。 急病や転倒に備えて、24時間対応してくれる。
入居時に、おばあちゃんにも説明した、これなら一人でも何かあったときに安心だと。具合の悪いときに、すぐに来てもらえるのはとても心強い。
緊急の時だけで、それ以外のわからないことや困ったことは、電話で管理室に聞くようにと、管理室の電話番号を書いておいた。給湯器や備え付けのエアコンの使い方、インターフォンの方法など、わからないことだらけだから。
数日後、おばあちゃんのせいで、管理室の電話が鳴りっぱなしで、その対応で仕事にならないと、職員全員から担当のケアマネージャーさんへクレームがあったとか。
しかたがないので、ケアマネージャーさんの携帯を教えてもらい、おばあちゃんには、直接その携帯にかけるようにと言っておいた。
認知症老人は電話をかけまくる。今度は携帯が一日中鳴りっぱなしに。
これは、ほどなく解決した。だんだん電話の回数が減ってきて、かからなくなった。
電話番号のメモを見ながら、電話をかけるという、その一連の動作が困難になり、
どこにも誰にも電話をかけなくなった。 一瞬でも数字を覚えていられないようだ。
これで静かになったと喜んでたのもつかの間だった。電話ができないとなると次の手を考えたのか、それからは緊急ブザーのボタンを押すようになる。
いつもベッドに横になっているのだが、手を伸ばせばボタンがある、一日中いつでもたやすく押せる位置に。(そうでないと緊急の役に立たないから当然だが)
服を着替える時に、手が痛くて伸ばせないから一人で着替えができないと言っているのに、ボタンを押すときだけは伸ばせるのだ。不思議と、どういうわけか。
妄想は不可能を可能にする。
一番多い日は、一日に十七回も押したという。眠ってる時間以外は押す時間。
緊急ブザーが押されると、1階から10階まで、全館の全職員の携帯に通知され、最も近い所にいる人が即、部屋までかけつけることになっている。
相談の結果、緊急ボタンを押せないように、厚紙でカバーした。これで解決。
ただ、問題がある。本当に具合が悪くなっていたり、転んだりした場合はどうするか、連絡できない。そこも相談しておかないと。
二、三時間おきにトイレ介助でヘルパーさんが来てくれていた。これを増やすことにして、一時間おきにでも誰かが見にきてくれるようにした。これなら、安心。
普通の老人には、大変役に立つありがたい設備であっても、認知症老人には何の意味もない。役に立つどころか、やっかいの種になる。
困ったものだ。