これも認知症なんだ<That's Ninchi Show 2>

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神戸から明石の火葬場まで、二十年前。。。。。

特養を、そして最後には火葬場まで待機する時代らしい。

日本は今や高齢化社会どころでない「超高齢化社会」になったそうだ。老人の割合が高いということは、老衰や急病でなくなる人も多いということ。

老人介護施設が不足するのと同様に、所によっては火葬場まで不足しているという。高齢化を考えて設計されたわけではないのだろう。

お通夜、葬式、火葬、という順に約二日間で終わるのが普通だ。が、火葬場の空きがないから待機ということになると、葬式の予定も立たない。

ここで思い出したのが、二十年前の大地震の時、この時も火葬場が不足して、待機したのち、結局は明石市の火葬場まで運ぶことになった。

多くの人がなくなった時に、うちのおじいちゃんが病死したから。

持病の悪化で大学病院に入院していたが、17日の大地震で一時停電して人工呼吸器が止まった。すぐに自家発電で復旧したのだが。

それが原因かどうかわからないが、翌日、18日になくなってしまった。

突然の大地震で家族は駆けつけることができず、病院で付き添っていたおばあちゃんが一人で看取り、今か今かと家族の到着を待っていた。

大阪に住む家族は、一日がかりだ。途中までは電車があったが、残りは歩き。親切な人が車に同乗させてくれ、「歩き」は20kmほどだったらしい。

急いだつもりでも、災害時には無理。朝から出て病院に着いたのは夜遅くにやっと。病院の敷地内に平屋の建物があり、そこに安置されていた。

和室なので、家族が数人そこで見守ることができる。本来なら近所のお坊さんに来てもらうのだが、避難してしまっていない。お通夜にお経なし。

うちのおばあちゃんは、今では胃ろうで寝たきりだが、当時は64歳でしっかりしていた。少しの涙も見せずに、「非常時」だからかもしれないが。

壊れた家のことも気になっていただろうが、その片付けをする前にこっちが先だ。が、「火葬場が満杯で」と葬儀屋さんに言われてはどうしようもない。

病院のお通夜用施設で二日待機して、やっと「明石市まで行けば可能」となった。さて、当日迎えに来た葬儀屋さんの寝台車には先客があった。

一台に見ず知らずの人のお棺と、二つ並べてのせて。非常時だから。

聞いてなかったので驚いたが、予定が少し狂ってしまった。お棺を載せる車にも家族が一人ぐらいは乗れると思っていたから。

タクシーは一台しか手配していない。(非常時なので葬儀屋さんが手配してくれた) 家族と親族は子供もいれて六人。一台では乗れない。

親族(叔父夫婦)は自家用車があるのだが、自宅マンションも被災していて車庫から車が出せない。機械式の車庫だそうだ。

というわけで、運転手も入れて大人六人、子供一人、計七人も一台のタクシーに乗って神戸から明石まで行くことになった。違反だけど、非常時。

火葬場でも、問題があった。(遺骨を収める)骨壷が不足していて、分骨用の小さいのしかないと言われて。

これは困った。あわてた。前もってわかっていたら家から容器を持参したのに、手持ちの荷物には何もない。ウエットティッシュの容器しかない。

そこは叔母が交渉して何とかしてくれた。いくらか包めばどうにでもなる。

ウエットティッシュの円筒形の容器を見ると、この話を思い出す。これに遺骨を入れるところだったと。普通なら骨壷が足らないなどと想像もしない。

あれから二十年。早いものだ。