これが認知症なんだ (86) 家に帰る
<That's Ninchi Show No.86 >
認知症でも古い記憶は残っている。ただ、それを引き出す能力がないだけだ。
発病から三年以上になり、おばあちゃんは昔のことすら忘れてしまったと、家族は皆そう思っていた。昔のことを何度尋ねても答えがなかったから。
また、老人マンションに入居して半年ぐらいは「家に帰りたい」と言っていたが、その後はまったく家のことは口に出さない。家のことなどすっかり忘れていると思われた。
カットやパーマのために、半年に一回ほどは自宅の近くの美容室に連れて行くが、自宅の前を通っても、まるっきり無関心で、他人の家を見るようだった。
以前なら、窓の汚れがどうの、塀に雨水の水滴のあとが残ってとれない等、家の外観をいつも気にして見ていた人だった。中に入って様子を見ようなどとも言わない。この場所に何十年も住んでいたことをすっかり忘れてしまったように見えた。
それがある日突然、昔の苦労話をしゃべり出した。記憶がなくなっていたわけではなかったんだ。残っているものもあったが、それが出てこなかっただけ。または、引き出されていても、それを言葉にして伝えるという能力がないということも。
姑を自宅で看取った話のあとで、おばあちゃんは自分もやはり最期は家がいいと言い出した。「家具は全部自分が買ったから、家に帰る」と。
神戸の地震で「全壊」になった家を再建するとき、建築費は息子が負担したが、家具やエアコンなどは全部、おばあちゃんが「老後の資金」と言ってためていた貯金をくずして買った。
十数年前のことを覚えているんだ。老後資金を使うのがよほど惜しかったというのもあるだろう。当時みんなが家を建て直すので、家具の需要も大きく安くはなかった。
自宅のある通りに、昔から法事を頼んでいる寺がある。それも思い出して、「葬式は家の向いのあの真言宗のお寺で」と言うから、驚きだ。しっかり地理的な位置関係も正しく記憶に残っている。認知症は場所や時間がわからないというのに。
家に帰ると言われると困る。が、この日は特別に頭が働いていたようで、「帰っても一人では暮らしていけないな」と本人が自分からあきらめた。
こんなに頭がはっきりしているのは今までにないことだ。老人マンションに入居してからの三年間一度もない。どういうわけなのだろう。
認知症だからといっても、記憶が消えたわけではない。思い出せる日もあるんだ。